そうなんだ その5
雛祭の古い文献として、「御湯殿の上の日記」文明十一年(一四七九)閏九月九日の条に、二の宮の御かたの、ひいなやいてきて、御やわたりとて、御さかづきまいります。
とあるので、室町時代の中ごろはすでに、雛祭がはじまっていたことは確実です。
ただ平安時代の雛遊びは、後世の貴族のあいだでも行なわれていたが、それが次第に形式化して、雛やその道具を娘たちへ、三月の節句とかかわりなく贈物としたようです。
江戸時代へはいると、泰平の世に迎えられ、雛遊びは一般化して雛祭となり、年々盛んになって、行事として三月三日に定着、それにともない、雛人形も次第にりっぱなものへと発達するようになります。
雛には、形式上から立雛と座雛とがあります。
立雛は立っている姿に作った雛で、はじめは手作りの紙の衣裳の雛なので、一般に紙雛と呼ばれています。
だが、のちにはきれの衣裳をつけたものもできました。
これは自身、立たせることができないので、雛屏風などにたてかけさせて飾ったのです。
紙雛は、平安時代の「ひいな」や、ひとがたの面影を伝えているように思われます。