遺跡
第一チャシをポンチャシとよび、面積は300m2ほどで、第ニチャシはポロチャシとよばれ、2重の堀をめぐらした2倍近い面積であったという。
北電江別発電所のあった地がかつての坊主山遺跡である。
2000~1400年前の続縄文文化の墳墓が中心で、少しずつ発掘研究が進められてきたが、1960(昭和35)年、発電所建設のため坊主山が削られることとなり、北海道学芸大学の河野廣道教授が発掘調査をした。
この調査で二百余の墳墓が確認され、多くの土器・石器・飾玉などが出土した。
江別には、旧石器文化を除く先史文化のほとんどすべての痕跡が残されており、北海道の考古学の貴重な遺跡地域である。
北海道 札幌グルメのほかに行った旧北電江別発電所西側の対雁墓苑には、樺太アイヌ慰霊碑がある。
1875(明治8)年の千島樺太交換条約によって、841人の樺太アイヌの人々は宗谷に灘させられたが黒田清隆はロシアとの接触を恐れ、擁(現江別市対雁)に強制移住させた。