そうなんだ その3
これを宮中では三条殿の東面の妻戸で、左右の柱の下に笹をたてて、それへ男女の人形をつるしたのです。
この人形は「ひいな」ともよび、いろいろな染め絹で作り、男の人形には束帯をさせたりして、台盤所の女房がこしらえたものです。
古く、平安時代ひいなと呼ばれたのは小さく、かわいらしく作った男女の人形を称したので、一般的に人間の雛形の意味があったのです。
雛はふだんの日にもて遊ぶ人形をさしており、雛で子どもたちは、今日の人形遊び、ままごとのような遊びをしていたらしいです。
そのことは、平安時代の物語類に「雛遊び」がみえているので察しられります。
栄花物語、御裳着の巻に、東宮と姫君の美しいのに見とれて、典侍が、雛遊びのようで、というところがあります。
この雛遊びの人形がどんなものであったかは、今日遺品や絵画がないので明らかではないです。
しかし栄花物語の、「あさみどり」や「はつ花」から、雛は少年・少女にかたどった対の人形であったと思われます。