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2010年12月 アーカイブ

そうなんだ その3

これを宮中では三条殿の東面の妻戸で、左右の柱の下に笹をたてて、それへ男女の人形をつるしたのです。

この人形は「ひいな」ともよび、いろいろな染め絹で作り、男の人形には束帯をさせたりして、台盤所の女房がこしらえたものです。

古く、平安時代ひいなと呼ばれたのは小さく、かわいらしく作った男女の人形を称したので、一般的に人間の雛形の意味があったのです。

雛はふだんの日にもて遊ぶ人形をさしており、雛で子どもたちは、今日の人形遊び、ままごとのような遊びをしていたらしいです。

そのことは、平安時代の物語類に「雛遊び」がみえているので察しられります。

栄花物語、御裳着の巻に、東宮と姫君の美しいのに見とれて、典侍が、雛遊びのようで、というところがあります。

この雛遊びの人形がどんなものであったかは、今日遺品や絵画がないので明らかではないです。

しかし栄花物語の、「あさみどり」や「はつ花」から、雛は少年・少女にかたどった対の人形であったと思われます。

そうなんだ その4

同じ物語の文中に「歩かせ給う」とあることや源氏物語「紅葉賀」に、紫の君が雛のなかで源氏に見たてた人形を盛装させて、参内させる真似をして遊ぶ話があります。

これによれば雛は立ち姿の人形であったらしいです。

また源氏物語の総角の巻で、病床の大君のことを「なかに身もなき雛を伏せたらんこころして、」の文から、雛はやせた、扁平な人形とも思われ、栄花物語に「いみじく美しげに御髪のかかりたるほど……」「……御髪のいとふさやかにて、肩わたりすぎておはす。

雛などにぞ似させ給える」などとあるので、女雛は長い髪をたらしていたように思われてならないです。

こうした、ままごと遊びの人形が、いつごろから飾られる人形に変っていったかは、今のところ明らかではないです。

信仰的な人形と人形遊びの風俗が互いに融合して、次第に雛人形へと形づくられ、三月の節句と結びついて雛を飾るようになり、やがてそれは女の子の誕生と成長を祝う意味となって雛を祭るようになったのです。

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